8.
第八話 タンピン冷やし中華
週末だ。気付けばまた俺は麻雀食堂に足を運んでいた。
「いらっしゃいませ。ちょうどそろそろ来てくれる頃かなって思ってた所なのよ。うふふふふ」とあやのさんが嬉しそうに笑った。メタさんも先に来てて「やっぱり来たな」と言われてしまった。
なんだか行動が読まれてるみたいで俺はちょっと恥ずかしかった。
恥ずかしさと外が暑かったのもあり顔が赤くなってるような感覚があった。そんな俺のすぐ横の柱に夏場になったことを感じさせる貼り紙があった。そう
『冷やし中華はじめました』だ。
「今日は冷やし中華が食べたいです」
「あら、唐揚げじゃなくていいの? まあ、暑いしね」
「ちょっと、唐揚げは飽きちゃって……」
するとあやのは『ガーーーーン……ショック』と言わんばかりの顔で固まってしまったので、俺はすかさず理由を説明した。
────
──
「……と、いうわけなんです」
「なあんだぁ。びっくりした、私の自慢料理が飽きられたのかと思って驚いちゃったわよ」
「逆っすよ。美味しさに影響を受けたからこそ食べ飽きちゃっただけ。本当は1つ食べたい気持ちはある」
「そういうことね。有り難い話だなあ。行動に影響与えるほどの料理人になれたなんて。料理人冥利に尽きるわ」
するとその時ガラガラガラと扉が開いた。
「チワッスー。あ、メタさんもう来てたんだ。イヌイさんも」
「俺の名前、よく覚えてたね。えっと……」
「おれはカンです。寒いって書いてカン。寒沢ツカサっていうんだけどみんなにはカンって呼ばれてるからそれでよろしく!」
「ああ、よろしく。カン」
「カンちゃん。唐揚げ定食でいいでしょ?」
「うん、もちろん。それが目的で毎週末ここに来るわけだから」
「ならちょうど良かった」
「?」
────
──
ゴト
「はい、イヌイさん。冷やし中華お待たせしました」
その冷やし中華はまるで輝いているようだった。半分にカットされたミニトマトや細切りされたチャーシュー。定番のキュウリや錦糸卵。ちぢれ麺に醤油ダレと少しの胡麻。その下には平たいけど大きさはこぶし大くらいのデッカイ氷がドンと1つ入っていて、そして――
「ツナマヨ?」
「そー、ツナマヨよ。冷やし中華にはツナマヨがすっごく合うんだから! よく混ぜて食べてみてね! 私の自信作!」
言われた通りよく混ぜて
「いただきます」
パクッと口に入れた瞬間、感動から自然と「うまい!」と声が出ていた。
「うふふ。ありがと」
「いやほんとにうまい。ツナマヨがめちゃくちゃ良い仕事してる。こんなに合うなんて。すごい発見。ピンフとタンヤオくらい相性がいい!」
「コイツ……見事な例えをしてくるな。本当に最近までルールも知らなかった素人か?」とメタが感心する。
「タンヤオは中に寄せる役という点でピンフと相性がいいなと思ったもので。麻雀の基本はメンタンピンだという意味が最近わかりました」
「じゃあこの冷やし中華はさしずめタンピン冷やし中華ってことか。しかしイヌイさんはたいしたもんですね。おれなんてバカだからいつも直感でやってて。勘がいいからカンなんて言われたりしますよ」
ゴト
「はい、カンちゃんもお待たせ。唐揚げ定食召し上がれ」と、カンに定食を出すと同時に俺の方にも小鉢がコトッと置かれた。そこには出来たての唐揚げが1つ入っていた。
「これはイヌイさんへのサービス。タダでいいわ。私の唐揚げの味をしっかり覚えないと再現も難しいでしょ」
あやのさんはそう言ってニコニコとご機嫌な顔をしていた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして〜。残しちゃ嫌よ♡」
出来たての唐揚げはやっぱりすごく美味しくて、自分の作ったのとは雲泥の差があるように思えた。俺はこの味を再現することなんか出来ないんだろうなと思うなどしたが、それでもいいか。とも思った。ここに来ればいいだけのことだ。
でも、もう少し頑張ってみよう。せっかくサービスで唐揚げ1つもらったわけだから。
食べ終わったらそこにちょうど犬飼さんが現れたので4人で麻雀をすることにした。
今日の麻雀食堂も相変わらず最高に楽しかった。
また、来よう――
18.第九話 味のわからない回鍋肉 美咲は結局悩んだ末に油淋鶏定食を注文した。俺はというと「俺は回鍋肉(ホイコーロー)にしようかな。定食で、ご飯は大盛りね」「はーい。油淋鶏定食と回鍋肉定食ね油淋鶏定食の方はご飯大盛りにはしなくていいのかしら?」「あっ、私は大丈夫です」「そう、おかわりも無料ですから、足りないなと思ったら遠慮なくご注文下さいね」「はい、ありがとうございます」 回鍋肉は割と好きで、家でもたまに自分で作る。もちろん『素』を使ってだけど。それでも充分おいしく作れる。 素人が作っても美味しいんだ、腕の良い料理人が回鍋肉を作るとどんなのが出てくるのか、俺はそれが知りたかった。「あやのー。ハイボールちょうだいよ。あと、単品でタコワサも」「はいはい、あまり飲み過ぎないようにね。まだ昼間なんだからここで酔って寝られたら困るよ」「うーい♡ 心配ご無用。まだまだ大丈夫よぉ」「ならいいけど」────「はい、油淋鶏定食! お待たせしました」 油淋鶏定食はあやのさんの手によってテーブルに丁寧にそっと置かれた。けっこう重いだろうにあやのさんはその重さを感じさせることなく丁寧に安定させて運ぶ。その所作だけ見てもあやのさんのが一流の給仕であることが見てとれた。「わあ~。美味しそ〜! いただきます!」「どうぞ、召し上がれ」バリッ! ジュワ「おいっひ! ハフハフ、何これ、おいっひーーーー! え、わたひの想像してたのの5倍は美味しいのでふが!」「分かったから、ひとまず食ってから感想言え」「……ふう。おいしーーー! お姉さん、凄くおいしーです!」 口に含んでいた油淋鶏を飲み込むとあらためて美咲はその感動を口にした。わかる、わかるぞ妹よ。「ウフフ、お口に合ったようで嬉しいわ。っと、ヨシ! 回鍋肉も完成!」 あやのさんはそう言うと回鍋肉定食を俺の前にそっと置いた。まるで無重力かのように無音でスッと置くので(見た目より軽いのかな?)と思って、ためしに少し持ち上げてみた。(! 重い。これをスッと置くのはかなりの力が必要そうだが、あの細腕のどこにそんな筋肉があるのだろう) 仕事ぶりは一流の給仕であり一流のシェフでもある。 言葉遣いも丁寧で、顔立ちも美しく、スタイルは抜群。 その上、性格もいい。この人こそ完璧な女性だな。と俺は思った。しかし、「
17.第八話 美咲の勘違い 小さな商店街をぐるっと一通り回って本屋さんに寄ったりしてるうちにお昼ご飯の時間になってきた。「そろそろ行こうか。美咲もお腹すいてきたろ?」「うん、あっちこっち歩き回ってもう今日は充分運動したしね。(自分的には)」 この程度で充分の運動だと言ってしまうあたり俺の妹だなと思った。運動神経はいい方なのに美咲は本当に運動嫌いだ。「何食べる? 俺のオススメは唐揚げか油淋鶏だな」「まずはメニュー見てから決めるよ。でも、油淋鶏あるのいいな。私、油淋鶏は大好きなの知ってた?」「初耳だ」「でしょうね。だってつい最近初めて食べて好きになったばかりだから」 そういや油淋鶏なんて家で出たりはしないもんな。どこの家庭も唐揚げは出ても油淋鶏は出ないだろ? そんな話をしてると遠くにあやの食堂が見えてきた。「あ、あれだ。あのずっと先のカーブの手前にある店。あれが今日の目的地」「あの、右にあるのぼりが出てる店? 『あやの食堂』って書いてある?」「そうそう 美咲お前、目いいなあ」「両目とも2.0」「すげぇな」「お兄ちゃんはなんであんな遠くまで食べに行こうと思ったの?」「え、なんでだろうな。仕事でこの辺まで来てて、ここから暖簾とのぼりが見えたから? この辺ほかにメシ屋が見当たらないだろ。まあ、駅のほうに戻ればあるのはわかってたけど、せっかく知らない土地に来たなら駅前のチェーン店行くよりもここだけの個人店に入ってみたくてな。ま、だから要するにたまたまだよ」「ふうん。そんで、休日にまでわざわざ行くほど気に入ったんだ。良かったね、そんな店を発見できて」「そうだな」ガラガラガラ「こんにちは。今日は2人なんだ。テー
16.第七話 長期連載「お兄ちゃん。今日行くとこって到着まで何分くらいかかる?」「駅から駅までは35分ってとこだな。特急に追い抜きされる場合は40分弱だ。この時間は抜かれないはず」「ふーん。そしたら一応トンプーかな」「トンプー?」 見てみると美咲はケータイで麻雀アプリを開いていた。「おまえ、麻雀できるのか?!」「最近ハマってんの。イケメンのキャラも無課金で当たったし」 見てみると、人気ラノベ『駒と恋するアヤメさん』のヒーローキャラ『龍王ヒビキ』を美咲は使っていた。「いやこれ、将棋小説のキャラだろ。麻雀アプリとコラボとかちょっとおかしくねーか」「ま、いいんじゃない。カッコイイし。人気キャラなのよ」 たしかに、将棋好きに麻雀好きは多かったように思う、俺の行っていた高校は将棋部が強い事でちょっと有名で同じクラスにも将棋部の部員が何名かいたが、あいつらいつも麻雀の会話しかしてなかったからな。どちらも頭を使う対人ゲームだから共通するものがあるのだろうか。「ちなみに私のはまだ成る前のヒビキだからね。飛車ヒビキだよ。さてはお兄ちゃん『駒恋』あんまり知らないでしょ」「あっ、うん。三山アオの小説はけっこう読むんだけど、駒恋はほら…シリーズ長いだろ? だからまだ手を付けてないんだよな」「甘い! お兄ちゃん、いいですか。長く続けてるシリーズものこそ面白い小説なの。それはその作者が『書くのをやめたくない!』と思うほどの作品ってことなんだから。面白い作品と一番別れたくないのは他ならぬ作者本人なのよ。だから長期連載ものは面白いのが多いの。それを読まないなんてもったいない!」「なるほど。お前ずいぶんと書き手の気持ちに寄り添えるんだな。……もしかして、小説書いてるとか?」
15.第六話 妹との休日 カーテンの隙間から陽の光が差し込んで目が醒めた。いつもならそれでもまだ起きたりせずゆっくり休むのだが。しかし、今日は土曜日だ。(きっとみんな集まる)と思って俺は仕事でもないのに休日の午前中にわざわざ着替えていそいそと出かける準備をした。 行き先はもちろん『麻雀食堂』だ。 麻雀食堂は仕事の帰りに寄るにはちょうどいいが休みの日にわざわざ行くには離れてる。けど、もう行きたくて仕方ない。「あれー、お兄ちゃん今日仕事ないんじゃないの? 起きるの早いじゃん。どうしたの?」「うん……ちょっとな」 俺は母と妹と俺の3人で暮らしてる。親父はけっこう前に俺達を捨てて出ていった。理由なんか知らない。ただ、あの優しい母さんが怒ってたってことは覚えてる。つまりろくでもないんだろう。そんな男なんてもう顔も忘れたよ。 母さんはタクシードライバーで、家にいない時はしばらくいない。今日は家に妹と2人だ。「これお母さんが、お兄ちゃんも休みだから今日は久しぶりに2人でごはんでも行けばって置いてったお金」 俺が学生の頃は妹の美咲と2人で近くのメシ屋までごはんを食べに行ったり弁当をスーパーに買いにいったり、そういう日が多かった。でも今は俺はもう社会人だし妹だってバイトしてる。いつまでお昼ご飯代を置いていくつもりなのか。お金なら俺も稼いでいるし、そもそも美咲は冷蔵庫の食材で適当に料理できるというのに。「俺はいらないから美咲が持ってろ」「ラッキー! ねえ、お兄ちゃん。ごはんはどうするの?」「パンでも焼くよ」「それは朝ごはんでしょ。そうじゃなくてお昼ご飯。何食べる?」 昼代はいらないと言ったはずだが、妹は俺がお昼を一緒に食べるものだと思っているようである。
14.第伍話 安全牌を危険牌にする メタが行った高度なツモ切りリーチとはどんなものだったのだろうか。俺は初心者だから聞いても理解できないかもなと思いつつも2人の話を聞いてみた。メタ手牌二三三四四伍七八九③④11 状況は2索が場に4枚見え。このダマをしてる時に6索のポンが入りツモ切りリーチ。「これねー。一見全然関係ないじゃん? でもここはツモ切りリーチが効果的なのよね」「さすがに俺にはわかりません。なんでですか?」「例えばね、6索のポンが入ったならその外跨ぎにあたる78索は使いにくいから通りやすいし9は当たり牌を見逃してることになるからやはり切りやすいの」「ふんふん」 俺はなんとなく納得して頷いた。「しかも今回は2索が4枚見えてることにより索子が手前は3索までしか無い場になってる。ということは56索という内跨ぎも同様に切りやすくなったという事。3索も9索と同様で見逃しをしてることになるから切りやすい」「なるほど」「という変化をした瞬間にリーチをしたとしたら?」「?」 わからない。したらどうなるんだろう。「つまりね、345789索は6索ポンにより安全性が高い牌という状況変化があり安全牌候補になった。でもその状況変化があった瞬間にツモ切りリーチをかけたことによりその今の今安全性が高くなった牌たちを狙った手ではないかという疑いをかけなければならなくなったの」「あっ……」「つまりこのツモ切りリーチは6種もの安全牌候補を6種の危険牌候補にしてしまったということ。まあ厳密に言えば残り1枚の6索もだけど」「ヤバ……考えが深過ぎる!」 麻雀の深淵をひとつ知ったような、そのくらいの衝撃だった。どう読んでるかを読んだ上のさらに深く切り込む戦術。こんな、ツモ切りをするというだけの行為にそこまでの考えがあるだなんて。「まー、あとはね。なんとなーくそろそろツモりそうだしリーチとか。そっちがそうくるなら威嚇しとくべきかなー、とか」「そうそう、他にはソバテンになっちゃったから誤魔化すためにダマってたやつをそろそろリーチしよう。とかね」「つまり『ツモ切りリーチには様々なパターンがあるけどリーチする前巡にそのヒントがあるケースはかなり多い』と覚えておけば間違いない感じですか」「「そーーーー!! そーゆーことよ!」」「やっぱりあなた凄いわぁ」「麻雀の
13.第四話 覚悟の上なら痛くない「例えばさっきのはスジだったけど、こういうパターンもあるよ」 そう言ってマキさんはタコワサを咀嚼しながら牌を並べ始めた。俺もタコワサをつまんだ。大きめにカットしてあるタコが美味い。例三四②③④⑨⑨⑨23488「伍萬は当たり牌だ……」「形の上ではね。でもリーチしとかないと伍萬では役がない」「そうか、それでツモ切りリーチしとくと伍萬もアガリになるし高目の二萬も出やすいかも、ということか」「解説不要の理解力。気持ちいいくらい頭良いねキミ。お姉さん好きになっちゃいそ」「あ、私も!」「ちょっと……からかわれるのは慣れてないんで。それはやめてください、それよりもっと麻雀の勉強したいです」「ちえーー。ちょっと本気なのになー」 そう言う言葉と裏腹に顔は二人共いたずらっ子のそれだった。どう見てもからかってる。 まあ、いいか。嫌な気分にはならないし。それどころか、俺はこの時ちょっと幸せを感じていた。これは多分、人生で初めての『モテてる』という気分だ。からかわれてるとしても、全然いい。「あとはね、役があるけど見逃してるというパターンもあるのよ」「そうそう、安目だったりターゲットからじゃなかったりね」 「他には、巡目的にそろそろリーチしとくかなってのもあるわね」「もう待ってても仕方がないかって思える巡目になった、とかね」「具体的には?」と質問した。これだけでは少し分かりにくかったので。「具体的……そーね、あやの任せた」「うん、例えばね字牌のドラ単騎の七対子とかよ。7.8巡目を通過しても切ってこないようならそれはもう一生切る予定がないか持ってないかのどちらかだ